「スウェーデンのタッチケア」として広まりつつあるタクティールをご存知ですか?決められたメゾットにそって10~20分間触れ合うことで、驚きの効果があるそうです。タクティールの認定インストラクターでもある特別養護老人ホーム エル・グレイス六甲の施設長・上坂 勝芳さんにお話を伺いました。
JR六甲道駅からバスで約10分。大学生でにぎわう一角にエル・グレイス六甲はあります。施設長の上坂さんを含め、4人のセラピストが在席し、特定の入居者さんにタクティールの施術を行っています。
上坂さんはここで働き始める前はケアマネージャーなどを経験したのち、株式会社スウェーデン福祉研究所にお勤めされていたそうです。そこではスウェーデンで1か月ほど研修を受けて、タクティールのこともその時に知ったと言います。
上坂さんは「日本とスウェーデンの福祉への考え方の違いに衝撃を受けた」と教えてくれました。本人の自立、自己実現の尊重、介護をする側もされる側も自分の生活を大切に自然体で生きていいんだと気づかされたそうです。
押したり揉んだりは一切しないタクティール。マッサージとの大きな違いは「体のメカニズム」は関係ないということ。だから、セラピストのセミナーでも体のメカニズムを学ぶ工程はありません。そのため、医療従事者などの専門家でなくても、誰でも学ぶことができるのです。
決められたメゾットを覚えて順番通りに触れるだけ。タクティールの講座は中学生~80代の方まで幅広く受けにくるそうです。癒しを求める家族のため、心に傷を負った被災者のため。目的はバラバラですが、大切な人のために誰でも気軽にはじめられること。それが、タクティールなのです。
「在宅で介護をされている方の中には『医療従事者に任せるだけではなく、自分にも何かできることはないか』と思っている人が多いんです。そんな人に、あなたにもできることがあるよとタクティールを勧めたいですね。毎日10分背中をさすってあげる。そんな関わり方を伝えています」
上坂さんはそう教えてくれました。
詳しいやり方は講習を受けていないので書けませんが、タクティールの簡単な流れを紹介します。インタビュアーの城月は別日にすでに体験していたので、この日はライターの尾西が施術を受けさせてもらいました。
まずは、手(手首~指先)、足(足首~指先)、背中(鎖骨~ベルト下)の3か所から施術場所を選びます。私は手をチョイス。ソファに深く腰かけて、リラックスした状態でさっそく施術を受けます。
クッションで見えませんが、足は上坂さんの両足でしっかりと挟まれています。こうすることで、安心感を与えることができるそうです。
タオルで両手をくるんで、オイルを塗ったら、スタートです。オイルは専用のものがありますが、市販のオリーブオイルでもOKとのこと(ただし食用のものは避けてくださいね)。プロペトを使われている施設も多いそうです。
両手で包み込まれたり、指先まで触れられたり。ゆっくりとした動作で丁寧な施術を約10分。とてもリラックスできました!
尾西「手が柔らかく温かくなってびっくりしています。施術を受けていない左手が重く動かしにくく感じます」
上坂さん「それはタクティールを受けたことで活動範囲が広がったからですね。タクティールの施術後は普段スプーンで食事をする人がお箸で食べられるようになったりするんですよ」
城月「私はとても眠くなりました」
上坂さん「幸せホルモンのオキシトシンが出るからですね。安心して眠くなる人も多いです。不眠の人に寝る前にやったら眠れるようになったり。薬に頼らない生活にも、タクティールは役に立ちます」
尾西「指先にぎゅっと触れられたときに、自分の指はここまであるんだと、普段意識しない自分の体を感じることができました」
上坂さん「その触り方も意識してやっています。サッと流すように手を離されると、雑に扱われている気がしませんか?最後までしっかり触れることで、きちんと向き合っていることを伝えています。また、私がタオルを巻き始めてから施術が終わるまで、常にどちらかの手が触れていてひと時も離さなかったことに気づきましたか?足を挟むこともそうですが、それだけ安心感を大切にしているんです」
城月「尾西さんは静かに施術を受けていましたが、利用者さんはどうですか?おしゃべりをしたりするんですか?」
上坂さん「話しかけてくる人もいますが、基本黙って受けられる方が多いですね。話しかけられても、軽く相槌を打つ程度です。タクティールでは言葉以外の方法で『あなたと向き合っていますよ』『あなたが大切ですよ』ということを伝えています」
現在はケアプランに基づいて必要だと判断した一部の入居者さんにのみ行っていますが、いずれは全ての方にできるようにしていきたいと考えているそう。スタッフも「私もできるようになりたい!」と意欲的な人が多く、みんなで取り組みたいと勉強会をはじめたところなんだとか。
しかし、エル・グレイス六甲さんのような施設ばかりではありません。タクティールに興味があっても、「忙しくて施術をする10~20分の時間を確保することができない」と諦める施設が多いのが現状です。上坂さんは、忙しいからこそ、考え方を変えてタクティールを取り入れてほしいと訴えます。
「後追いで仕事をするから、忙しくなるんです。何か症状が出る前に、タクティールでケアをする。そうしたら、不眠や多動が減って、仕事も自然と減っていきます」
「多動の人に毎朝10分手をさすっていたら、午前中じっと座っているようになった例もあります。介護や医療の現場で、先取り行動はとても勇気がいることです。施術をしても、必ず効果が出るかはわかりません。しかしスタッフみんなで協力しあって取り組むことで、チームワークが生まれます。タクティールは働くスタッフにも有益な効果があるのです」
また、タクティールは病気の人だけのものではないとも教えてくれました。
「年齢が上がるにつれて自然とスキンシップは減っていきます。日本人は照れ屋なので、特にスキンシップが少ないです。タクティールは夫婦円満の秘訣でもあります。体の状態に関わらず、大切な人に贈り合うものになっていけばうれしいです」
言葉を使わないからこそ、伝わることもある。それは、介護の現場で数多くの利用者さんと接してきた上坂さんだからこそわかる、タクティールの最大の魅力のように感じられました。対一で向き合って触れることによって、互いを思いやり、尊重し合うことができる。そんなことをタクティールから学んだ取材でした。これからタクティールが医療・介護現場や各家庭にもっと浸透してほしいなと思います。
※「タクティール」は日本スウェーデン福祉研究所の登録商標です。
インストラクターとしてはもちろん、講師としてたくさんの人の前でお話されているだけあって、とても心に響くお話が多くて、勉強会に参加した気分でした。タクティールを通じて人との関わり方を考えさせられる深い時間だったなぁ。私もタクティールを勉強して、友人や母にしてあげたいなと思いました。
【この記事を書いた人】
尾西 美菜子
印刷会社の企画編集部門でライターとして働いたのち、医療業界へ転職。現在は歯科助手として働きながら、フリーライターとしても活動する。趣味は御朱印集め、サッカー観戦、読書。
X(旧twitter) @minako_writer
2023年11月24日公開/2024年4月1日更新(ひょうご介護アナウンス編集部)